戯曲「いいヤクルトと悪いヤクルトがある」

いいヤクルトと悪いヤクルトがある

 

(A、B…男 C…女 0…ナレーション 舞台中央に机がありABが若干斜めに向かい合って座っている。Cは舞台の上手側の端にある椅子に客席の方を向いて座っている。明転。下手から0登場。中央から少し下手側に椅子を置き客席を向きそこに座る。15秒ほど沈黙)

 

0カーテンが閉め切られた部屋。時刻は午前10時過ぎ。外は土砂降りで、部屋の中は生ぬるく、湿った感じの匂いがする。AとBは机を挟んで向かい合って椅子に腰をかけている。Aスマートフォンをいじっており、BAに何か切り出そうか迷っている様子

 

Aいいヤクルトと悪いヤクルトがあるんだけど、どっちから飲みたい?

 

Bいいヤクルトから飲みたい

 

0A、ポーチからヤクルトを二本取り出し、一つをAに渡す

 

Aどうぞ

 

ABヤクルトを飲む

 

B美味しい

 

0A満足そうにうなずく

 

A美味しいだろ。いいヤクルトは美味しいんだ。

 

AB、ヤクルトの容器を机に置く。少し間をおいてB、Aにスマートフォンの画面を見せる

 

Bそういえばこのアカウント見たか

 

Aなに?

 

Bいや、これ。「セックスにしか興味のない女子大生がセックスに関して呟くアカウントです」だって見事にセックスのことしか呟いてないぞ

 

Aバカだなお前、そういうのは全部暇を持て余したおっさんがやってる釣りアカだから

 

Bそうやってなんでも疑ってかかるのはよくない。というかこの後オフ会することになっててその人家に来るからどちらにしろそれでわかるよ

 

A色々問題があるけど面倒だから指摘しないよ

 

0C、立ち上がり、に見立てた空間をカチャと声に出しながら開ける素振りをする

 

Cこんにちは。セックスにしか興味のない女子大生です。

 

AB、Cに気づくB、一見慌てた素振りはないが、周囲に気づかれるかどうかというくらいに深く息を吐く。Aは能面のように無表情。

 

Bあなたがセックスにしか興味のない女子大生ですか。私はケントです。

 

Cはじめまして。ツイッターではかねがね。

 

Bほら女子大生だったじゃないか。

 

Aそうみたいだな。では私は出かけますので後はお好きに。

 

A扉を開ける素振りをし、上手端の椅子まで行き、座るC、Aが座っていた椅子に座る。沈黙Cポケットからマッキーと紙を取り出し、「星、星、星と繰り返し一書ずつ丁寧に書く

 

B何をしているんですか

 

C「星」と書いています

 

Bそうですか

 

Cあなたは私が「星」と書くのを本当に、真剣に見た方がいいです。あなた以外は私が「星」と書いているのを見れないので

 

Bそうです

 

0B、Cの手元を覗き込む。沈黙。次第にBの落ち着きがなくなり、Cに何か言おうとしてやめて結局言い出す。

 

Bあの

 

0C、書き続けたまま返事をする

 

Cはい

 

Bキスしていいですか

 

C私にですか

 

Bはい

 

0A、帰ってくる

 

A忘れ物をした

 

0A、誰からもレスポンスがないことに不服そうな顔をした後、タンスや、机の下や、押入れに何かを探す

 

Cモテキっていう漫画知ってますか?

 

B知らないです。それがどうかしましたか?

 

Cいや、こういうシーンがその漫画にありそうだな、と思って

 

Bそうなんですか。お好きなんですか?

 

Cいや読んだことはないんですけど

 

Bそうなんですか

 

Cはい

 

Bキスの話はどうなったんですか

 

Cえーと、お断りします

 

Bそうですか。一応理由を聞いていいですか

 

Cなんとなく

 

Bはい

 

C明確な意思があるわけではなくて、ただ、なんというか、多くの人がなんとなく戦争に反対するように、セブンイレブンとローソンがあってなんとなくローソンに入ってしまうように、そんな感じで、もしかしたら河川敷にある防犯カメラがホームレスの一挙手一投足を補足するように、そんな感じでじっと観察すれば、理由をつけられるのかもしれないですけど、そういう努力ははっきり言って生活者である私たちにとっては必要のない、もっと言えば無意味な営みだと思うので

 

Bはい

 

C付け加える私は女子大生ではなくて、それにセックスにも興味がなくて、私のツイッターのユーザー名は「セックスにしか興味のない女子大生」ですが、それは実際の私については何も言い表していなくて、あるいは私の一面を表しているか、過去に表していたかもしれないですけど、今の私の実感で言えばリアリティーを持たなくて、それに私はリアルよりリアリティーの方が大切だと思うので

 

Bそうだったんですね。

 

0 A、立ち止まり、Bを見る。


A女子大生じゃなかったじゃないか

 

Cはい。騙すことになっていたらすいません。

 

0沈黙

 

Bとりあえずヤクルトを飲みましょう。いいヤクルトと悪いヤクルトがありますがどちらから飲みたいですか。

 

Cいいヤクルトから飲みたいです。

 

0B、ポーチからヤクルトを二本取り出し、一つをCに渡す。

 

Bどうぞ

 

0BC、ヤクルトを飲む

 

C美味しい

 

0B、満足そうにうなずく

 

Bそうでしょう。いいヤクルトは美味しいんです。

 

A無表情まま全員が飲んだヤクルトの空き容器を思いきり床に叩きつけ念入りに踏みつぶす。沈黙。

 

Bごめん

 

Cごめんなさい

 

Aかればいいんだ

 

B俺たちは親友だからお前の行動の意味がなんとなくわかるよ

 

Aそういう関係ってすごく大事だ

 

沈黙C机を思いきり倒そうとするが思い直してゆっくりと倒し、軽く蹴り、少し間をおいて今度は音が鳴るくらいには蹴る。再び沈黙

 

Cでも初めは誰も親友じゃなかったんじゃないですか

 

A君と僕は端的に親友でないので君の感情も行為の意味も僕たちには永遠に全く理解できないです

 

0沈黙

 

Cそうですか。とりあえずヤクルトを飲みましょう。いいヤクルトと悪いヤクルトがありますがどちらから飲みたいですか

 

Aいいヤクルトから飲みたいです

 

0C、ポーチからヤクルトを二本取り出し、一つをA渡す。A、空いている椅子に腰をかける。

 

Cどうぞ

 

0CA、ヤクルトを飲む

 

A美味しい

 

C、満足そうにうなずく

 

Cそうでしょう。いいヤクルトは美味しいんです

 

0A、芝居がかった様子で立ち上がり、咳払いを一つして情感たっぷりに語りだす。

 

A人生はこんなにも素晴らしい。そして出会いがあり別れがある。私は趣味で夜になると路上で歌っているんですが、足を止めてくれるご婦人に、私を不思議そうに見つめる子供たちに、いつも人の温かさを感じずにはいられません。なのにテレビをつければ悲しいニュースばかり。私は色々なものに共感しやすいので悲しいニュースを見ると心から悲しくなってしまいます。…だからこそ私は歌を歌うんです。こんなに素晴らしい世界で素晴らしい人たちと出会い、時に別れる。夕暮れ時に街を歩くと石けりをしながら帰るランドセルを背負った子供やこれからの二人の時間を想像して笑顔がこぼれ落ちるカップルや、家々から聞こえるシャワーの音や、煮物の匂いに「ああ、こんなにたくさんの人がいて、その誰もが私と同じように様々な感情を抱き、生活を送っているんだ」という感傷に、その感傷を同じく生活者であるが感じているう紛れもない事実に胸が熱くなり、涙がこぼれそうになります。だから悲しいニュースばかりじゃなくてこんなに素晴らしいことがたくさんあるんだ、と私は路上からささやかながらみなさんにお伝えしているんです。すごく有意義な趣味です。そう思いませんか

 

0沈黙。C、机を起こし、紙とペンを拾い上げ、再び紙に「星、星、星」と書き出す。B、何か大きな葛藤を抱えている様子で、うずくまりその場でのたうつ。

 

A何をしているんですか

 

C「星」と書いています

 

Aそうですか

 

Cあなたは私が「星」と書くのを本当に、真剣に見た方がいいです。あなた以外は私が「星」と書いているのを見れないので

 

Aそうですか

 

A、Cの手元を覗き込む。沈黙。次第にAの落ち着きがなくなり、Cに何か言おうとしてやめて結局言い出す。

 

Aあの

 

0C、書き続けたまま返事をする

 

Cはい

 

Aキスしていいですか

 

C私にですか

 

Aはい

 

Cモテキっていう漫画知ってますか?

 

A知らないです。それがどうかしましたか?

 

Cいやこういうシーンがその漫画にありそうだな、と思って

 

Aそうなんですか。お好きなんですか?

 

Cいや読んだことはないんですけど

 

Aそうなんですか

 

Cはい。忘れ物はいいんですか?

 

Aああ、なんか、もういいかなって

 

Cそうですか

 

Aキスの話はどうなったんですか

 

Cえーと、お断りします

 

Aそうですか。一応理由を聞いていいですか

 

Cなんとなく

 

Aはい

 

C明確な意思があるわけではなくて、ただ、なんというか、多くの人がなんとなく戦争に反対するように…

 

(Aに被せて)0B、意を決したように立ち上がりAに被せて大声で言う

 

Bやめようよ

 

0C、虚を突かれて固まる

 

Cえ

 

0B、切迫した様子で語りだす

 

Bそういうのやめようよ。もう嫌になっちゃったよ。いつまで同じことをしているんだよ。最初からずっと何も変わってないじゃん。俺はずっと思ってたんだけど、こうやってツイッターで知らない人と会ったりするのも価値観が合わないことがわかっている人間と部屋代を分割するために一緒に暮らして、親友とか呼び合うのもあほらしいよ。この世界にはもっと大きな愛みたいなものが多分あって、ていうかもし愛というものがあるなるそれは一目惚れとか情熱的な恋みたいなものじゃなくて他者に対して誠実であろうとする営為が反復の中で徐々に無目的的になったところから生まれるものだと思うし。そう思いませんか?

 

沈黙。C、再び紙に「星、星、星」と書き出す。B、空いている椅子に腰をかける。A、何か大きな葛藤を抱えている様子で、うずくまりその場でのたうつ。

 

B何をしているんですか

 

C「星」と書いています

 

Bそうですか

 

Cあなたは私が「星」と書くのを本当に真剣に見た方がいいです。あなた以外は私が「星」と書いているのを見れないので

 

Bそうですか

 

0B、Cの手元を覗き込む。沈黙。次第にBの落ち着きがなくなり、Cに何か言おうとしてやめて結局言い出す。

 

Bあの

 

0C、書き続けたまま返事をする

 

Cはい

 

Bキスしていいですか

 

C私にですか

 

Bはい

 

Cモテキっていう漫画知ってますか?

 

B知らないです。それがどうかしましたか?

 

Cいやこういうシーンがその漫画にありそうだな、と思って

 

Bそうなんですか。お好きなんですか?

 

Cいや読んだことはないんですけど

 

Bそうなんですか

 

Cはい

 

Bキスの話はどうなったんですか

 

Cえーと、お断りします

 

Bそうですか。一応理由を聞いていいですか

 

Cなんとなく

 

Bはい

 

C明確な意思があるわけではなくて、ただ、なんというか、多くの人がなんとなく戦争に反対するように、セブンイレブンとローソンがあってなんとなくローソンに入ってしまうように、そんな感じで

 

0A、唐突に立ち上がり、大声で情感たっぷりに語りだす(※1)BC固まる。B、少し間をおいて立ち上がり切迫した様子で語りだす(※)Cは固まったまま

 

0ABの音量が徐々に上がる。ピークに達したところでCがポーチから金づちを取り出し、思いきり机をたたく。全員黙る。沈黙。

 

Cでも初めは誰も親友じゃなかったんじゃないんですか?

 

A君と僕は端的に親友でないので君の感情も行為の意味も僕たちには永遠に全く理解できないです

 

(15秒ほどいて一列に並び、一礼して退場)

 

人生はこんなにも素晴らしい。出会いがあり別れがある。私は趣味で夜になると路上で歌っているんですが、足を止めてくれるご婦人に、私を不思議そうに見つめる子供たちに、いつも人の温かさを感じずにはいられません。なのにテレビをつければ悲しいニュースばかり。私は色々なものに共感しやすいので悲しいニュースを見ると心から悲しくなってしまいます。…だからこそ私は歌を歌うんです。こんなに素晴らしい世界で素晴らしい人たちと出会い、時に別れる。夕暮れ時に街を歩くと石けりをしながら帰るランドセルを背負った子供やこれからの二人の時間を想像して笑顔がこぼれ落ちるカップルや、家々から聞こえるシャワーの音や、煮物の匂いに「ああ、こんなにたくさんの人がいて、その誰もが私と同じように様々な感情を抱き、生活を送っているんだ」という感傷に、その感傷を感じる私と言う紛れもない事実に胸が熱くなり、涙がこぼれそうになります。だから悲しいニュースばかりじゃなくてこんなに素晴らしいことがたくさんあるんだ、と私は路上からささやかながらみなさんにお伝えしているんです。ああなんて有意義な趣味でしょう。そう思いませんか

 

そういうのやめようよ。もう嫌になっちゃったよ。いつまで同じことをしているんだよ。最初からずっと何も変わってないじゃん。俺はずっと思ってたんだけど、こうやってツイッターで知らない人と会ったりするのも価値観が合わないことがわかっている人間と部屋代を分割するために一緒に暮らして、親友とか呼び合うのもあほらしいよ。もっと大きな愛みたいなものが多分あって、ていうかもし愛というものがあるなるそれは一目惚れとか情熱的な恋みたいなものじゃなくて他者に対して誠実であろうとする営為が反復の中で徐々に無目的的になっていくものだと思うし。そう思いませんか?